サイパン旅行記 第7話「サイパン到着!嗚呼懐かしきアスリート飛行場」

写真 2014-09-01 23 29 57

 

8月22日午後3時(サイパン現地時間)。

僕らを乗せたデルタ航空ボーイング757はサイパン国際空港に到着した。
ここでは、到着近辺の状況と、空港を出るまでについての様子を述べておこうと思う。

 

アスリート飛行場とは

サイパン国際空港は、かつて「アスリート飛行場」という名前だった。
かつてそこが日本だった頃、空港近辺はサトウキビ農場だった。そこへ日本海軍により飛行場が建設された。それが「アスリート飛行場」だ。

ちなみに”アスリート”の綴りは”As Lito”。運動選手を意味する”athlete”とは関係ない。

太平洋戦争後はアメリカの所有となり、のちに現在のサイパン国際空港となり今に至る。

 

歴史を簡単に振り返るとこんな感じだけれど、そこにはやっぱり日本統治時代の面影を感じる。
僕は何故か、ここについてかつての飛行場名で呼んでしまう。理由はわからないけれど、その方がしっくり来るのだ。

 

テニアン島・アギガン島を眼下に臨む

航空機が到着時間に近づいた頃、小さな緑が見えた。とても小さな島だ。おそらくアギガン島と思われる。サイパンと同じく北マリアナ諸島を構成する島のひとつだ。
機内から見るに、そのとても小さな島には緑一色しか見えない。無人島なのだろうか。
これがアギガン島だとすると、すぐ隣にはテニアンが見えてくるはずだ。僕は窓の外を注視した。

着陸のために高度を落としたあたりから、雲に視界を遮られることが多くなった。
アギガン島を横目に通り過ぎるころには、それらも消えつつあった。

 

そして間もなく、進行方向右前方に島が見えてきた。アギガンなどくらべものにならない大きさだ。
緑いっぱいの島の中央と奥の方にに滑走路が2箇所見える。中央のはテニアン国際空港、奥のものはハゴイ飛行場だ。

ハゴイ飛行場。これもまた、かつて日本海軍が建設したものだ。今は米軍の施設・ノースフィールド飛行場となっているらしい。
テニアンには行ったことがないけれど、ここハゴイ飛行場を拠点にしていた日本海軍第七六一航空隊の話を読んだことがあるので、何となく島内の主だったものの配置は把握していた。なので、ハゴイ飛行場は一目見てすぐわかった。まあ国際空港の方がずっと大きく目立つわけだけれど。

テニアン島を見て乗客の間で「これがサイパンか」という声も出ていたけれど、それは間違いだ。けど、それを修正するほど僕は野暮ではない。すぐ後に本物が出てくるので、言っている人たちにもわかることだろうから。

 

アギガン島やテニアン島の位置からして、南西方向からサイパン国際空港に着陸するようだ。
この辺りになると、だいぶ低空を飛行しているので南洋の海面がよく見える。深い、深い青色で佇んでいる。
僕はこの海面を見るにつけ、グアムでもそうだったけれど懐かしさと恐怖を感じるのだ。けれど、それでも風景は美しいのでついつい機内から窓越しに見惚れてしまう。

テニアンとサイパンとは、5キロくらいしか離れていないらしい。なので、テニアンを通過したということはもう間もなく到着である。
そんな風に思った途端、航空機が着陸態勢に入った。それもそのはず。テニアンの北端は、サイパンの南端つまりサイパン国際空港のすぐ近くなのである。テニアンを通過するということはつまり、もう着陸目前ということになる。

 

いざ、サイパンへ着陸。

着陸のため、航空機はどんどん高度を下げる。程なくして、サイパンの風景が周囲に見える。空港の白い滑走路、周囲のジャングル、そしてサイパン最高峰のタッポーチョも。この時点で僕は何故か、妙に胸にこみ上げてくるものを感じた。
感傷に浸る間もなく、航空機はサイパンに足をつけた。着陸である。午後3時ちょうど。定刻どおりだ。
付近の上空では雲が厚く、天気が心配だった。事前の天気予報でもサイパンの天気はよろしくない見通しだったからだ。

しかし、着陸したその土地の空は非常によく晴れ渡っていた。これを執筆している今でも、あの時のサイパンの空を忘れられない。突き抜けるほどに青い空、形のハッキリした白い雲がとても爽快で、懐かしさを僕にもたらしてくれる。今でも思い出すと涙が出そうだ。何故かはわからないけれど。

到着してすぐに、皆ゾロゾロと機内から退出を始める。僕らもその波に紛れて、ボーイング757を後にした。また機長さんらしいオバちゃんがいたので、ナイスフライトセンキューと言っておいた。通じたかどうか知らないけどw

 

サイパン国際空港にて

さあ、ここからはサイパンの空気だ。生きている間に1度は降り立ってみたかったサイパンとご対面だ。
まずは入国審査をするために、空港内を移動する。

 

グアム国際空港でも同じような感想を抱いたけれど、とてもガランとしている印象だ。そしてグアム以上に「Hafa Adai!」が強調されているように感じたのは果たして気のせいか。どこかで書くかもしれないけれど、グアムにいるときよりも「Hafa Adai!」を見聞きする機会を多く、ここサイパンで体験することになる。

屈強そうなおそらく米国人のおっさんがあちこちに見受けられるが、何となく悪いことをしている気分になるのはどうしてだろう。
五指の指紋採取と顔写真撮影をされるので一人ずつカウンターの前に立つのだが、そのさまが何となく米国人に尋問される日本人捕虜のような気分になるのは悲しかった。自分が受けているときも、そんなようなことを感じて悲しくなった。
だけど、とりあえず機内で書いた書類は特に修正もなくそのまま通過できた。

 

それから預けた荷物を受け取り、税関へ。特に問題になるものも量も持ち込んでいないため、ここもスルーに近い状態で通過。実にアッサリとした手続きであった。国や空港によってその辺は違うらしいけど、アッサリ済んでよかった。思えばケアンズに行った際には、タバコの持ち込み量を巡ってちょっと手間を食ったという苦い経験があるので、内心心配だった僕であった。

 

各種手続きを切り抜けて外に出たら、そこには南洋の空が広がっていた。ムッとする湿気を濃く含んだ空気と、まさに灼熱という言葉が似合うくらいに痛い陽射しが突き刺さってくる。間違いなく、僕はサイパンに降り立ったのだ。空港の建物を背にして見やる三方には、南洋の空とサイパンの風景が広がっている。

この、空港からの風景には何故かものすごくノスタルジーを感じる。思い余ってつい「アスリート飛行場に戻ってきたんだ」と呟いてしまった。とにかく、サイパンの土を踏んだことは僕にとって感慨深いものだった。

 

サイパンの土を踏む。そして、一服。

空港を出ると、あちらこちらに旅行会社のスタッフが各々自分のところのツアー客を迎えに来ていた。僕らは今回H.I.S.なので、その看板を持った人間を探す。すると、探すまでもなくすぐ近くに現地人であろうオバちゃんがいた。

早速荷物を持って迎えのバスへ行けとのことだったけれど、その前に僕は一服したかった。それを言うとオバちゃんは、空港の建物出口とバス停留所の間を指して、喫煙所の場所を教えてくれた。

とりあえず喫煙所に行き、一服する。ふーっと吐いた煙の向こうには、やはり南洋の空が眩しく広がっている。何故か風景が歪んで目に映る。僕自身は決してここへは来たことがないのに、何故か感じる懐かしさと共に、おかしな感覚に包まれた。昔、「僕」だった人がここにいたのかもしれない。そうして目を遣った先にタッポーチョが見えたので、篤く手を合わせておいた。生憎「歩兵の本領」の歌詞を知らないけれど、知っていたら間違いなく歌っていたことだろう。ネタ元がわからない人は、「太平洋の奇跡~フォックスと呼ばれた男」を観てください。

 

ちなみにここ空港において、誰にだか忘れたけれど「Chinese?」と尋ねられた。それくらい、中国からの観光客が多いのだろうな、と思った。そう尋ねられたのは、生まれて初めてだ。

 

 

さて、一服したら早速バスに乗ってホテルに移動だ。
サイパンを南部から中部まで一気に駆け抜けるようにして走行する過程は、次の稿にあらためよう。

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