サイパン旅行記 第30話「サイパンを一望!パラセイリング」

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実は僕、このパラセイリングにも苦い思い出がある。
それを含めて、ここではパラセイリングの模様を書いていこうと思う。

僕は以前にも、グアムの海でパラセイリングにチャレンジした経験がある。冒頭の写真、実はグアムでの僕と息子の情けない姿である。
その時は大変だった。何故なら、地(船)から足が離れるさい、身体を固定しているベルトがズレて、事もあろうに股間に食い込んだ。自分独りだったら何とか空中でも直せそうな感じだったけれど、生憎息子を抱っこする形で複座状態で浮かんでいた。なので身動きが取れず、股間の痛みを和らげるには両腕でロープを握り身体を浮かすしかない。なので、景色どころではなく散々な体験だった。
そんな体験をしているので、今回は装備について神経質にチェックすると決めていた。

 

さようなら、マニャガハ島

マニャガハ島には、午後4時撤収と聞いていたが、3時半になってもパラセイリングの誘いが来ない。
シーウォーカーもそうだけど、どのタイミングでおこなわれるか僕らは知らされていなかった。そのため、不安になった嫁が確認しにいったところ、帰り道にパラセイリングがあることが判明した。先に言ってくれ。
iPhone海没のショックなどもあったけれど、結局何だかんだ言ってマニャガハのビーチで遊び呆けていた僕であった。結局時間を忘れて海で遊んでいたというわけである。
が、時間が来たので撤収するしかない。

この時間帯になると、各種お店やレンタルなどはお店を閉めるところになっていた。そして、昼間あれだけビーチを賑わせた中国のツアー団体さんたちはいつの間にかいなくなっていた。僕は後半ずっと海水に浸かっていたので、全く気付かなかった。
静かになったマニャガハのビーチを、僕らは片付けをして静かに歩いて去って行った。
夕刻近いとはいえ、まだまだ陽は高い。桟橋を歩くと、灼熱の太陽が容赦なく照りつける。シャツなど上半身を防護するものは必須だな、とあらためて思った。持ってきておいて本当によかった。といっても、この時点で既に結構日焼けしているから今更なんだけども。

船に乗り込み、マニャガハ島を後にする。次があるなら、今度は只管ビーチでのんびり何も考えずに過ごしたい。

復路の船はむしろボートといった大きさで、僕らの他には中国から来たというおばちゃんペアが乗っているだけだった。彼女らも僕らも、同じくパラセイリングをやってそのまま向こう岸に渡ることになっている。

 

パラセイリング 白桔梗リベンジなるか?

往路と同じく、やけにジグザグしながら海上を進む。やがて、とある場所でボートは止まった。どうやらここでやるらしい。
ボートのおっさん二人が、止まったところでそそくさとパラシュートを引き出して準備をする。その間に、おばちゃんペアがまず装備を身につけていた。

準備が終わると、大きなパラシュートがバッと空中に浮かんだ。そしておばちゃんペアが臨む。ボートは再び動き出した。そして彼女らはみるみる引き離されていく。パラシュートと一緒に、みるみる姿は小さくなっていった。こっちを向いて、めっちゃ手を振っている。僕らは手を振り返した。

僕らの少し離れた場所に、同じくパラセイリングをやっているであろうボートを認めた。黒いパラシュートには「H.I.S.」のロゴが入っている。おそらく同社のパッケージツアーか何かのものだろう。それは、僕らのものよりずっとずっと高い場所を舞っていた。いいなあ、あれくらい高く飛翔したいものだ。

先に飛んだおばちゃんペアを見ていたら、遠方でゆっくり降りてきて、やがて彼女らは海面に沈んだ。ボートのおっさんがニコニコしながら僕らを振り返って彼女らを指して「サメノエサ」と言って笑っている。彼女らは何度か海面に漬けられ、引き揚げられた。これは面白そうだ。当然僕らも体験することになる。

やがておばちゃんたちの番が終わり、グアムの時同様僕と息子がペアになって飛ぶことに。僕は上述のようにちょっと苦い経験をしているので、股に器具やベルトが食い込まないように気を配った。

そして飛び立つ瞬間、またしてもベルトが股間に食い込みそうになった。「二度同じ目に遭ってたまるかッ!」と、その場で身体を浮かして何とか位置を整え、難を逃れた。今回は前回と異なり、前にいる息子との間隔が少し空いていた。密着してはいなかったので、姿勢を変えてベルトを調整することができたのだ。ふう、危なかった。

こうして僕は無事、サイパンの空を舞うことに成功した。今回は落ち着いて眺めることができる。今さっきまでいたマニャガハ島が、小さく見える。本島のジャングルが緑一色で、タッポーチョまでよく見える。宿泊しているハイアットリージェンシーもちっちゃく見える。隣りのフィエスタリゾートも。サイパンの空を肌で感じることができている。非常に気持ちのよい時間であった。「サメノエサ」タイムで何度か水没したけれど、その後再び舞い上がったあとは、水に濡れた分涼しくなって気持ちよかった。非日常空間を実感する時間となった。

僕らのあとは嫁と娘がペアになって同様の体験をした。おばちゃんペアはそれを楽しそうに眺めていた。ボートのおっさんたちは何やら楽しそうに談笑している。現地の言葉がわかれば、彼らの会話の内容がわかって面白いんだけどな。何しろ、現地で使われているのは英語だけではない。現地語のチャモロ語やカロリン語、それにフィリピンの母国語タガログ語が流通しているとのこと。おまけに観光客は主に日本人・中国人・韓国人。これら3ヶ国の言語も加わるから、実はサイパン、とんだ多言語空間になっているのだ。まあ英語が何とかなれば暮らしてはいけるだろうけれど。

 

マニャガハ島ツアーが終わる

パラセイリングの時間が過ぎたあと、陸地に戻るのは早かった。他にマニャガハ島から戻ってきた客たちも、三々五々集まってきた。
陸地に上がると、ツアー会社の人たちが待っていた。坂上忍さん似の兄さんが案内してくれた。

クルマが来るのを待つ時間があったのだけれど、その間に嫁がうっかり、他人の飲み物を倒してこぼしてしまった。持ち物から中国の人だと思われるが、持ち主の人は大変紳士的に「これ倒しちゃったの?気にしないで」的なことを言っていた。日本ではあまりよく言われることの少ない中国や韓国の人であるが、ここサイパンで観光客同士として何度か接してみても紳士的な対応をする人が多かったのが印象的だ。やっぱり、どの国にも色んなタイプの人がいるのだ、と当たり前の感想を述べてみたりする。

間もなく迎えのクルマがやってきて、僕ら客と坂上さんが乗り込んで出発した。
といっても、僕らの宿泊するハイアットリージェンシーはすぐ近く。アメリカンメモリアルパークを回り込んですぐ向こうの位置だったので、いくらもドライブしないうちに到着してしまった。

僕は下車してクルマを見送った。坂上さんが「See you again!」と言ってニッコリ手を振って去っていった。僕も「See you!」と言い手を振った。思えば、初めて反射的に英語あいさつができた瞬間だと思う。

どこかで書いたけれど、基本的にサイパンで日本語会話は通じないと思っていた方が不便が少ない。H.I.S.など日本の旅行代理店の現地スタッフくらいは日本語会話できるけれども、一般のお店などでは本当にカタコトの単語くらいしか通じない。やっぱり英会話必須だな、とあらためて強く思う。

 

ともあれ、こうして僕らのマニャガハ1Dayツアーは終わった。
なお、この日も夕刻以降の流れは2日目とほぼ同じものとなる。

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